広島大学総合科学部国際共創学科の望月紀花さん、保坂哲朗先生による論文にセミたまのホームページの情報をご活用いただきました。
2013年のFAOのレポート以来、昆虫食は動物性タンパク質として世界のタンパク質不足を解決する方法として注目されるようになりました。
その後、日本でも昆虫食に取り組む企業が増えてきましたが、日本の昆虫食企業は何を目指して取り組みをしているのか。
また、現状、日本でビジネスとして成り立つためにはどのような方向性で進める必要があるのか。
ということがわかる論文かと思います。
ぜひご覧ください!
日本の昆虫食販売企業の動機と環境意識―「新しい」昆虫食は食糧・環境問題を解決できるのか?―
広島大学総合科学部国際共創学科
望月紀花(4年)
保坂哲朗(教授)
もくじ
はじめに
昆虫食は食品として昆虫を利用する営みである。人間はその進化の過程から昆虫を食物として利用しており(Fontaneto et al. 2011)、現在でも途上国を中心に20億人の人々が伝統的な昆虫食文化を持つ(FAO 2013)。
日本もかつてはイナゴ、ハチノコ、カイコなど山村を中心に多様な昆虫食文化を持つ国であった(三橋1997)。しかし、西洋的な食文化の広まりや農村地域文化の消失とともに、伝統的な昆虫食は戦後以降衰退してきた。
ところが、近年西洋諸国を中心に昆虫食が注目され、EUではコオロギやミールワームなど4種の昆虫が食品として認められた(European Commission 2023)。日本国内でもコオロギパウダーなどを中心として、伝統的な昆虫食とは異なる「新しい」昆虫食の販売が見られるようになった。昆虫食の世界的な市場規模は2019年の70億円から2025年には1000億円になると予測されている(日本能率協会総合研究所 2020)。
このような昆虫食の盛り上がりの一つのきっかけとして、2013年に発行された国連食糧農業機関(FAO)の報告書「食用昆虫:将来の食糧と飼料の安全保障に関する可能性」(FAO 2013)が考えられる。この報告書では、昆虫は家畜に比べて、低コスト、少ない資源(水、飼料)、少ない温室効果ガス排出で生産できるため、環境問題や食糧問題の解決策の一つとなり得るタンパク源であることが述べられている。
実際に日本で昆虫食品を生産・販売している企業のウェブサイトでも、FAO報告書に沿った昆虫食の食糧・環境問題における利点を説明しているものが多い。しかし、実際に売られている昆虫食品は類似の非昆虫食品に比べて、総じて高価であり、平均的な所得の消費者が日常的に購入するのは難しそうなものも少なくない。また、タイなど海外で生産された昆虫食品を売っている場合も多く、輸送では多くの二酸化炭素が排出されている可能性がある。
昆虫食品を生産・販売している企業は本当に環境問題や食糧問題の解決を目指しているのだろうか?それともこれらの企業の狙いは別のところにあるのだろうか?これが本研究を行う動機である。近年の昆虫食への注目により、消費者の昆虫食品に対する意識やその形成要因に関する研究は多いが、生産・販売を行う企業の意識に関する研究はない。
上記の疑問に答えるために、本研究では日本で昆虫食品を生産・販売する企業に対し、特に以下の項目についてウェブアンケートおよびインタビュー調査を行った。
- 昆虫食品の生産・販売を開始した際の動機は何か?
- FAOの報告書は昆虫食品の生産・販売活動に影響を与えたか?
- なぜ外国産の昆虫を用いるのか?
- 客の購買目的は何だと考えるか?
- 企業として昆虫食品の生産・販売を通して達成したい最終目標は何か?
方法
調査は2023年9月~11月に行った。国内で昆虫食を生産・販売している企業を「昆虫食関係企業・業界図鑑(カオスマップ)2022!」(昆虫食のセミたま2022)を参考にリストアップし、27の企業に対し、調査への参加の可否およびウェブアンケートの回答依頼をメールで問い合わせた。ウェブアンケートはGoogle formを用いて行った。また、ウェブアンケートで回答した内容について、その背景や詳細を理解するため、アンケートの後にZoomを用いた30分程度のオンラインインタビューも行った。
ウェブアンケートの質問項目は企業概要(従業員数、年間売り上げ額、創設年)、昆虫食品の生産・販売を始めた動機、FAOレポートの内容の認識、原料の昆虫の原産地・生産地、購買客の年齢層や目的、昆虫食品の販売の形態や難しさなどであった。
また、インタビューでは企業として達成したい最終目標についても共通の質問として回答してもらった。アンケートは14社に、インタビューは10社に参加いただいた。このうち日本の伝統的な昆虫食をメインに扱っているのは1社のみであり、その他は「新しい」昆虫食を扱っていた。
結果
昆虫食品の生産・販売を開始した際の動機は何か?
最も「当てはまる」もしくは「やや当てはまる」と回答した企業が多かったのは「昆虫という新たな食品分野の開拓に魅力を感じたから」という選択肢であり、14社のうち12社を占めた(図1)。一方で、「昆虫食で環境・食糧問題の解決に貢献したいと思ったから」に「当てはまる」「やや当てはまる」と回答した企業は半数の7社であった。
その他に自由記述として、「高付加価値の商品をつくるため」「地域おこしのため」「昆虫という存在そのものの魅力を伝えるため」「文化として続いてきたものを継承するため」「昆虫食を楽しんでくれる人が多かったから」などの回答があった。
FAOの報告書は昆虫食品の生産・販売活動に影響を与えたか?
まず、会社の設立年の回答結果より、2013年のFAOレポート発表以降に昆虫食事業を始めた企業が14社のうち10社を占めることが分かった。また、当FAOレポートについて、6社が原文を、7社が日本語要約などを読んだことがあり、ほとんどの企業が内容を認識していた(図2)。
FAOレポートで述べられている昆虫食推進のメリットに関して、環境面・健康面・経済面の3つの側面から、各社の活動において重要だと思うかについて尋ねた結果(図3A-C)、最も多くの企業が「とても重要である」もしくは「やや重要である」と回答したのは、環境面の「昆虫のエサとして食品廃棄物などが利用可能なため、資源の循環利用ができる」という項目であり(12社)、続いて「昆虫は家畜ほど水を必要としないため、水の節約ができる」(10社)であった(図3A)。
一方で、同じ環境面でも「食糧問題の解決に貢献できる」や「気候変動の緩和に貢献できる」については、「とても重要である」や「やや重要である」と回答した企業は約半数にとどまり、企業によって重要性の認識が大きく異なった。健康面(図3B)や経済面(図3C)に関しても、企業によって重要性の認識が大きく異なった。
また、インタビュー調査において、企業活動がどのようにFAO報告書にあるような食糧危機や環境問題解決に貢献できそうかと尋ねたところ、10社全てが「直接的な貢献は難しい」との考えであった。また、将来的に昆虫食が現在の肉食に置き換わることを目指すのではなく、昆虫が食品の選択肢の一つとなればよいという程度に考える企業が多かった。
なぜ外国産の昆虫を用いるのか?
インタビューに回答した10社のうち9社が、昆虫食品の材料として外国原産の種を全てもしくは大部分用いていると回答した。
コオロギの場合、ヨーロッパイエコオロギなど国外種を用いる理由としては、ペットの飼料としてすでに生産・流通体制が整っていること、世代交代が早く短期間で増殖できること、国内種よりも大型で食味が良いことなどが挙げられた。
一方で、昆虫の飼育・加工は国内で行っている企業も複数みられた。
購買客の目的は何だと考えるか?
購買客の目的として14社のうち10社が「好奇心」と答えており、最も多かった(図4)。
また、「他人へのプレゼントのため」と答えた企業も6社あった。
「昆虫食品の味が好きだから」と答えた企業は6社、「筋力トレーニングのプロテイン補給のため」や「美容・健康のため」と答えた企業は2社ずつあった。
購買目的が気候変動問題や食糧危機への対策だと考える企業はなかった。
企業として昆虫食品の生産・販売を通して達成したい最終目標は何か?
インタビューに回答した10社のうち4社が、人々に昆虫食を楽しんでもらうことや食品の一つのオプションとして昆虫食品が普及することと回答し、最も多かった。
また、人々に昆虫そのものの素晴らしさを知ってもらうことや、昆虫食をモデルとして環境負荷の少ないサプライチェーンモデルを構築すること、資源循環型社会を実現すること、地域の高齢者や障がい者が働ける場をつくることなど、社会変容につながるような多様な回答が得られた。
考察
本研究のアンケートおよびインタビューの結果より、多くの企業がFAOの報告書発刊後の最近10年以内に設立されており、FAO報告書の内容も認識していたことから、FAO報告書が注目されたことによる昆虫食の世界的ブームがこれらの企業における昆虫食品販売に少なからず影響を与えたと考えられる。また、昆虫食の利点として資源の節約や循環を挙げる企業は多く、環境問題解決に対する関心も見られた。
しかしながら、FAO報告書で強調されている食糧・環境問題の解決を第一目標に掲げて活動を行っている企業はなかった。国内在来種を用いることは技術的・コスト的に難しいことから、多くの企業は昆虫原料を国外産(もしくは国外種の国内生産)に頼らざるを得ないが、それでも需要が限られているため商品価格は割高になり、輸送や養殖施設の維持には環境負荷もかかる。
したがって、「新しい」昆虫食は食糧・環境問題を解決できるのかという本研究の問いに対する答えは、「現時点では難しい。そもそも企業は解決を目標としているわけではない。」となろう。
ただ、インタビューで多くの企業が回答したように、昆虫食の認知度が向上し日本人が昆虫食に慣れれば、将来食糧難が起きた場合にタンパク質源の一つとして昆虫を選ぶことがよりスムーズになるというように、長期的には貢献する可能性もある。
現在のところ、各企業は、現在の日本の昆虫食需要も冷静に見ながら、より昆虫や昆虫食を楽しめる社会風土の醸成、新しいビジネスモデルの創出、地域の活性化など、それぞれの目的と実際のニーズに合わせて昆虫食という新しいビジネスに挑戦しているようである。
その意味において、日本の昆虫食販売企業はFAOの掲げるグローバルな「食糧・環境問題の解決」ではなく、より現実的で幅広い地域課題に取り組んでいるともいえる。このような視点は、「昆虫食=グローバルな食糧・環境問題の解決策」と捉える一般的な認識に一石を投じるものであり興味深い。
最後に現代日本における昆虫食の学問的位置づけについて考察する。従来、日常の食料としての伝統的な昆虫食は、応用昆虫学(農学の一分野)で扱われてきた。しかし、購買客の動機で「好奇心」や「他人へのプレゼント」と答えた企業が多かったように、「新しい」昆虫食は非日常性を楽しむ娯楽・エンターテインメントとしての側面が強い。
このような直接生活に必要ではない娯楽としての昆虫食の利用は、文学や宗教、芸術、ツーリズムなどにおける昆虫の利用と同じく、文化昆虫学(人類学の一分野)の範疇である(Hogue 1987)。したがって、「新しい」昆虫食とそれにかかわる人々(生産・販売者や消費者)の相互作用について理解するには、新たな娯楽としての昆虫の利用という観点から文化昆虫学的研究を行うことが有効であると考える。
引用文献
- European Commission (2023) Approval of fourth insect as a Novel Food.
- Fontaneto, D, Tommaseo-Ponzatta, M, et al. (2011). Differences in fatty acid composition between aquatic and terrestrial insects used as food in human nutrition. Ecol. Food Nutr. 50. 351-367.
- Food and Agriculture Organization of the United Nations. (2013). Edible insects: future prospects for food and feed security, FAO forestry paper. FAO. Retrieved December 8, 2023
- Hogue, C. L. 1987. Cultural Entomology. Ann. Rev. Entomol. 32: 181-199.
- 昆虫食のセミたま.2022.昆虫食関係企業・業界図鑑(カオスマップ)2022!昆虫食が買えるお店は?
- 三橋 淳.1997.虫を食べる人びと.平凡社.
- 日本能率協会総合研究所.2020.世界の昆虫食市場 2025 年に 1,000 億円規模に.