蚕を使った昆虫食シルクフードの狙いとは?

今回お話をお伺いしたのはエリー株式会社の代表取締役の梶栗隆弘さんです。

エリー株式会社では、国際的に競争力がある産業を作りたいとの考えから蚕に注目して幅広く食品を販売する活動を行っています。
現在は表参道に「シルクフードラボ」としてハンバーガーからドリンク、デザートまで昆虫食を用いた計10種類の食品が食べられる店舗を運営しています。

また、エリー株式会社の一番大きな特徴としては、京都大学や東京大学などの研究室と共同研究を行っている点です。主な研究内容は蚕の育種や遺伝的改良、エサの可変性を考えるものとのことです。

さて、まず昆虫食に取り組もうと考えたきっかけからお尋ねしましょう。

昆虫食に取り組もうと考えたきっかけ

梶栗代表
私が昆虫食に取り組もうと考えた主な動機は、日本に国際的に競争力のある産業を作りたいと考えたからでした。
私は元々食品メーカー出身ですが、他の業界では世界と肩を並べる企業も多々あるにも関わらず、食品業界では世界的な企業がいない点が常に気掛かりでした。
もちろん、日本ではどの店に行っても安価で美味しい料理が食べられるとか、日本食は世界に誇れる素晴らしい料理であるとはよく耳にします。
しかし、産業として考えた場合に果たして世界と同等以上に闘えるかと考えると、決して勝てるとは言えないのが現状です。

そこで、将来的に世界と競うためにどのような分野に力を入れるべきか、バックキャスティング的に将来の食生活を考えた際に代替タンパク質としての昆虫食に辿り着きました。
当時、ほとんどの昆虫食企業はコオロギを主原料としていたのですが(今も変わっていませんが)、実際に商品を食べてみるとおいしい商品がありませんでした。また世界的に成功したといえる企業もなかったため、参入する余地が大いにあると思いました。

蚕との出会い。どんな昆虫で世界と闘うか

梶栗代表
昆虫食で闘うと考えた際に、最初に取り組んだのはどの昆虫を用いるかの選定でした。
特に重視したのは味と将来性です。
味は言わずもがなですが、将来性に関しては、将来昆虫食を大規模な産業にするにあたり、本当にそれが実現可能かどうか。そうした視点から判断して考えました。

まず味を調べるために日本だけでなく、海外を含めて様々な種類の昆虫を試食しました。そこで食べたのはセミやコオロギ、バッタ、タケムシ、ザザムシ……様々な種類を手当たり次第でしたね。
そこで味を確認して、昆虫食を産業とした場合に量産化できるかどうかを考えながら候補を選びました。
味の面ではセミやバッタなども候補に挙がりました。
しかしセミの場合は、幼虫は土の中で何年も過ごす必要があるので管理と定期的な供給が難しく、バッタの場合はどうしても飛び跳ねるので、飼育する施設の設計や管理の面で効率が悪いと考えました。

そうして絞った結果、私たちが選んだのは蚕でした。

蚕を選んだ理由は、味と飼育の効率の面も勿論ですが、それに加えて古くから日本では養蚕業が盛んで数多くの研究も行われていること、そして蚕に含まれる食品としての健康機能的側面から勝算があると確信しました。

蚕を選んだ理由。味と飼育と機能的側面とは

みんみん
勝算があるとは、具体的にはどういう事なのでしょうか。
梶栗代表
まず味の部分ですね。蚕を最初に食べた時にナッツやソラマメ、あるいはピーナツや落花生のような味がして、試食をした仲間が揃って『美味しい!』『これならイケる!』と反応しました。

飼育に関しては、蚕は完全に家畜化された稀有な昆虫で効率化が非常に進んでいます。飼育日数もコオロギより短くて済みますし、数十センチ先のエサを自力で食べに行けないほど運動能力が制限されているため、鳴いたり飛び跳ねたりすることもありません。すでに大型の養蚕工場が存在するほどに量産化に適した特性を持っています。

研究内容は主に2つあって、一つは健康機能性や風味などの食品分野における研究、もう一つはエサやゲノム編集などの昆虫学分野における研究です。現在は京都大学や東京大学の先生方と進めていっています。

みんみん
蚕の研究はどこの国が一番進んでいるんですか?
梶栗代表
日本では養蚕が古くから盛んで、日本の近代化を支えた産業でもありますので、それに伴って研究知見は世界一揃っていると言ってよいかと思います。近年、日本の養蚕業はかつてほどの勢いがない状況ですが、それに伴って蚕の新たな活用が進み、研究はさらに進んでいます。私たちはこの研究者の方々が積み上げてきた世界的な蚕研究の成果があるからこそ、昆虫食事業を日本でやっていく意味があると思っています。
みんみん
なぜ機能的側面について注目されたのですか?
梶栗代表
蚕をこれからの新しい食品原料として普及させることを想定した際に、健康機能性は必須と考えたからです。最近ではトクホや機能性表示食品など付加価値の高い健康機能性を私たちは求めるようになっています。代替タンパク質としての環境性に加えて、健康的でおいしい食品、それがシルクフードのあるべき姿です。
みんみん
具体的にはどのような機能があるのでしょうか?
梶栗代表
食品には3つの機能があります。一次機能は基本的な「栄養」、二次機能は味や香りなどの「嗜好性」、三次機能は「生体調節機能」、分かりやすく言うと「健康の維持や増進」です。 近年は日本でも特保や機能性表示食品など健康機能性のニーズが高まっています。

私たちはここに昆虫食普及のヒントがあると考えています。なぜなら、かつて昆虫は栄養価の高い食料としてもっと多くの地域で食べられていたからです。しかし農業や畜産業が発達するにつれて次第に淘汰されていったようです。これは恐らく、二次機能の「嗜好性」の点で他の食品に劣ったからではないでしょうか。逆に言えば、「嗜好性」の壁を突破して、「健康機能性」を付与することができれば勝ち筋があると考えています。
みんみん
蚕の健康機能面とはどういった部分にあるのでしょうか。
梶栗代表
そもそもシルクを構成するセリシンやフィブロインといった成分はコレステロールの上昇の抑制にする効果があるといわれています(※)。加えて、弊社と京都大学との共同研究では、老化や美肌、整腸作用などの女性が求めるようなものや、アルツハイマーやパーキンソン症状の抑制成分など高齢者の方に効くようなものが含有されていることが分かっています。

※(参考:セミたま調べ)シルクと暮らす 食べるシルクで生活習慣病対策

(参考:セミたま調べ)蚕を利用した医薬品や医療機器のメリット

梶栗代表
また蚕の利点は他にもあって、蚕は農薬に非常に弱い生物です。よって必然的に与えるエサも無農薬となりますので、オーガニック食材としての利用も可能です。

シルクフードラボについて

みんみん
現在、表参道で蚕を原材料とした期間限定のカフェ「シルクフードラボ」がオープンされていますが、表参道を選ばれた事には理由があるのでしょうか?
梶栗代表
表参道を選んだ理由は、20代や30代の若い方や情報感度が高い方が多い場所だからですね。いわゆるイノベーターやアーリーアダプターといった層の方々に試してもらいたいと思いました。

みんみん
来店される方はやはり昆虫食が珍しいからという理由で訪れるのでしょうか?
梶栗代表
珍しいからというよりも、あらかじめ将来の食として昆虫食はどうなのかとビジネス視点を持って訪れる方が多い印象です。代替タンパク質や食糧不足を想定して、という言葉もよく聞きますね。
みんみん
今回シルクフードラボとして店舗を開催された目的や反響を教えていただけますか?
梶栗代表
目的は、認知度を上げること、そして市場調査を実施するためです。私たちはこれまで1年ほど大企業や地域(群馬県)と取り組みを行っていたのですが、活動自体をもっと知って貰うためには店舗を出すことが効果的と考えました。また市場調査をする上でも、直接お客様とコミュニケーションを取れるので便利です。反響ですが、当初考えていたよりも良い評価が得られています。

一番人気はシルクバーガー(ハンバーガー)で、味については90%以上からおいしいとの評価をいただいています。意外だったのが、 私たちとしては蚕の風味をしっかりと残しながらもおいしいというコンセプトで開発したのですが、 7割程度の方が普通のハンバーガーと変わらないとの感想のようで、普段、蚕を召し上がっていないと味が分からないというのは新たな発見でした。

4,500万円の資金調達。何に使うの?

みんみん
企業の資本金として4500万円を用意されたそうですが、この金額はどういった分野に使われるのでしょうか。
梶栗代表
事業を拡大していくにはやはり投資が必要です。特に私たちは研究活動も並行しているので、研究費としても一定以上の資金が必要となります。現時点では、日本では残念ながら環境消費が少なく昆虫食市場は小さいので、他の一般食品に対抗するという面でも健康機能性や風味の向上に重点を置いて研究を進めています。また蚕の食べるエサも重要なのでその点の研究も同時に進めています。
みんみん
蚕のエサの研究について、もう少し詳細にお尋ねしてもよろしいでしょうか?
梶栗代表
一般的に蚕は「桑」しか食べません。そのことによって人間とエサが被らない成分や味が安定するといったメリットがあります。ただ、私たちは蚕を今までにない食品原料に発展させることを目指していて、そのために違うエサを食べさせることにトライしています。

これは例え話ですが、エサとしてハーブを与えてバジルやミントの香りがする蚕を作ったり、お茶の葉を食べさせてポリフェノールが豊富な蚕を創ったりできたらとても面白いと思いませんか?最終的にはお客さんのオーダーに応じることができる可変性の食品原料にできると可能性は無限に広がっていくと思います。
みんみん
ライバルや意識している会社などはありますか?
梶栗代表
昆虫食企業という意味では現段階ではありません。海外には蚕を使ったスナックなどを販売している企業はありますが、蚕を核として事業を行っている企業は今のところ存在していませんし、他の昆虫でも、現時点では『コオロギだろうが蚕だろうが昆虫は昆虫』と大きく一括りにされている感じなのでライバル意識はありません

それゆえ、昨今の昆虫食トレンドに乗じて完成度の低い商品が発売されることは喜ばしくありませんね。どの企業においても食品としての安全性をきちんと担保して、良いモノづくりをして欲しいと思っています。業界のイメージを下げるような真似はしていただきたくないと思っています。

今後の課題は

梶栗代表
研究の部分で、蚕オリジナルの健康機能性の特定や、エサや蚕の遺伝的改良に力を入れたいと考えていますが、資金的な面からも狙い通りにはなかなか進められませんので、次の資金調達を見据えて活動をしています。
みんみん
昆虫食を製品にするには製造業者を見つけるのが大変だという話はよく聞きますが、その辺りはいかがでしょうか?
梶栗代表
中小規模であれば対応できるのですが、大規模な工場となると苦戦する事になるかもしれませんね。ただ、まだ市場の規模からも、それほど大きな工場は必要ありませんので、市場の成長とともに整備していけば良いかと思います。
みんみん
製造に関して前向きな企業さんはどういった所に興味や関心をお持ちなのでしょうか?
梶栗代表
『新しいことをしたい』『売れるかも』という考えで賛同される傾向が強いようです。最近はスタートアップと連携して新規事業を開発する大企業が多く、SDGsを意識する企業も増えているので、次世代のタンパク質供給につながるこの事業はチャンスがあると思っています。
みんみん
製品化や店舗事業を継続するとなると、相当な量の蚕が必要になると思いますが、それはどちらで養殖されるのでしょうか?
梶栗代表
現在はベトナム産の蚕の蛹を使用していますが、今後は日本国内やアフリカの蚕も利用していく予定です。どちらも絹の副産物である蛹を利用しますが、今後研究が進み、蚕の食品としての価値を向させていくことができれば、食用の蚕を養蚕していくことになると思います。
みんみん
アフリカでも蚕が飼育されているのは意外な印象があります。
梶栗代表
蚕は飼育難易度が高くないので、発展途上国などでは産業創造のために養蚕が行われるケースがあり、アフリカもそのひとつです。

日本国内では、全国に養蚕文化が残っており、様々な地域の方からその地域で生産される蚕を使ってほしいとお声がけいただいています。シルクフードが普及すれば、養蚕業を営む方の助けになると思いますし、 日本全国で協力体制が築ければ理想ですね。

昆虫食の未来について

みんみん
最後となりますが、昆虫食の未来についてどのようにお考えでしょうか。
梶栗代表
私たちはやはり人々に普通の食品として受け入れて貰うことをゴールにしたいと考えています。そのためにまずは市場を創造すべく、皆さんにしっかりと受け入れてもらえるプロダクトを開発しています。

同時に大企業さんとのコラボレーションなどを通じて取組自体を発信していき、将来的には蚕を食べることが当たり前の世の中を創ろうと思っていますのでどうぞご期待ください。
みんみん
梶栗さん、どうもありがとうございました。