昆虫食の安全性はどこまで分かった? コオロギ騒動から3年、国の研究を読み解く

複数のフラスコ

2023年、コオロギをめぐる話題がインターネット上で大きく広がりました。

徳島県の高校が乾燥コオロギ粉末を使った給食を提供したことがきっかけでした。

そのとき出た疑問のひとつが、「安全性は誰がどう確かめているのか」でした。

あれから3年が経ちました。

その間に、国会での質疑と、国の予算による調査研究が動いています。

国会に出された6つの質問

2023年3月16日、参議院議員の神谷宗幣さんが質問主意書を提出しました。

件名は農林水産省、政府系企業による昆虫食推進に関する質問主意書です。

第211回国会の質問第四〇号として記録されています。

質問は6つありました。

人口減少が進む日本にとって世界のたんぱく質不足はどう影響するのか。

昆虫食が日本人の身体に与える影響をどう分析しているのか。

国民への周知と議論は足りているのか。

流通している昆虫食品の種類と量、安全上のチェックはどうなっているのか。

昆虫より先に取り組むべき食料の課題があるのではないか。

そして、コオロギは食品表示上どう書かれるのか。

政府の答えは「分析していない」だった

12日後の3月28日、答弁書が出ています。

内閣総理大臣名で出される、政府の公式な回答です。

1つめの質問に対する答えは、短いものでした。

御指摘の「世界の人口爆発を要因とするたんぱく質不足」が我が国に与える影響については、特段の分析を行っていない。

健康への影響についての答えも、同じように限定的でした。

我が国において食用の昆虫の摂取によって健康に対する影響が生じたという具体的な事例は承知していない。

流通量についてはこう書かれています。

お尋ねの「市販食品として流通している昆虫食品、食材の種類、量」については、網羅的には把握していないが、例えば、昆虫を使用した煮物や菓子類が販売されていると承知している。

「世界のたんぱく質不足」は、昆虫食を推進する理由の一つとして語られてきた話です。

その日本への影響を、政府は分析していないと答えたことになります。

コオロギは必ず表示されるのか

6つめの質問への答えは、少し長いものでした。

食品表示基準では、使った原材料を重量の多い順に並べて書きます。

名称は最も一般的なものを使います。

コオロギが原材料であれば、その名称を表示する必要があります。

ただし、答弁書には続きがあります。

複数の原材料からなる「複合原材料」を使った場合の規定です。

複合原材料の中で3位以下、かつ5%未満の原材料があるとします。

これは「その他」と書くことができます。

複合原材料そのものが製品全体の5%未満の場合もあります。

このときは中身の表示を省略できます。

答弁書はこう結んでいます。

御指摘の「コオロギ」が複合原材料の原材料として使用される場合には、その一般的な名称が表示されないこともあり得る。

当時、「知らないうちに口に入るのではないか」という不安が広まりました。

政府は「表示されない場合があり得る」と認めたことになります。

これはコオロギに限った話ではありません。

すべての原材料に共通する制度です。

約束された研究は行われた

健康への影響について、答弁書は「承知していない」で終わっていませんでした。

厚生労働省が令和5年度の研究費補助事業に公募課題を設けていること。

課題名は「「昆虫食」における大規模生産等産業化に伴う安全性確保のための研究」です。

農林水産省が、食用昆虫の有害物質を調べる研究に予算を計上していること。

この2つが書かれています。

この研究は実際に行われました。

研究代表者は国立医薬品食品衛生研究所 食品部の志田(齊藤)静夏さんです。

研究期間は令和5年度から令和7年度までとされています。

報告書は厚生労働科学研究成果データベースで公開されています。

市販の昆虫食を調べた結果

令和6年度の総括研究報告書に、実態調査の数字が載っています。

国内に流通する食用昆虫63検体が対象です。

カドミウム・ヒ素・鉛・水銀を測定しています。

カドミウムは47検体で定量限界(0.01ppm)以上が検出されました。

中央値は0.02ppmです。

最大値は6.88ppmで、スジアカクマゼミの幼虫の乾燥品でした。

日本では玄米と精米に、カドミウムの基準値(0.4ppm)が設定されています。

ただし食用昆虫に同じ基準値が設定されているわけではありません。

食用昆虫の基準値は、日本にはありません。

韓国は食用昆虫に乾燥重量0.1ppmの基準値を設けています。

この調査では7検体がそれを超えていました。

報告書には、この幼虫を使った試算が載っています。

この濃度の乾燥品を前提にした計算です。

体重55kgの成人が1日6匹摂取した場合に、カドミウムの耐容週間摂取量に達するとされています。

耐容週間摂取量は食品安全委員会が定めた数値です。

「1日6匹食べたら危ない」という意味ではありません。

ヒ素は最大17.45ppm、鉛は最大13.56ppmでした。

水銀は最大0.963ppmです。

高い値が出たのは、カブトムシの成虫、黒アリの卵、コガネムシの成虫でした。

いずれも乾燥品です。

ただし報告書は、この数字にいくつもの留保をつけています。

いずれも乾燥品なので濃縮されていること。

昆虫の表面に有害元素を含む土壌粒子が付着している可能性を否定できないこと。

十分に洗浄した場合にどれだけ減るかは、これから調べる必要があること。

ヒ素と水銀は化学形態によって毒性が異なるため、形態別の分析が必要であること。

「食べたら危ない」とも「問題ない」とも、この調査だけでは言えません。

微生物についても31製品が調べられています。

非加熱の製品では、生菌のブドウ球菌属や真菌が比較的高い頻度で見つかりました。

黄色ブドウ球菌やセレウス菌に留意する必要がある、と書かれています。

加熱しても抗原性は下がらなかった

アレルギーについては、令和5年度と令和6年度の結果が公開されています。

令和5年度を担当したのは、国立医薬品食品衛生研究所の安達玲子さんらです。

市販の昆虫食12検体が対象でした。

カイコ、ミルワーム、コオロギ、ハチ、アリ、バッタを原料とする製品です。

使ったのは、えび・かにの表示を検証するために国が定めた検査キットです。

12検体すべてから、甲殻類のトロポミオシンに反応するタンパク質が検出されました。

非加熱の製品に比べて、加熱加工された製品で抗原性が下がることもありませんでした。

トロポミオシンは加熱でいったん変性します。

しかし冷えると元の構造に戻ることが報告されています。

令和6年度は、同じ研究所の爲廣紀正さんが担当しています。

対象は47種類に広がりました。

前年度の12種類に、新たに入手した35種類を加えたものです。

原料はカイコ、ミルワーム、コオロギ、ハチ、アリ、バッタ、ワーム、オケラ、ハエ、カメムシ、タガメ、そしてセミでした。

その47種類すべてに、甲殻類のトロポミオシン様タンパク質が含まれていました。

さらに12種類について、甲殻類アレルギー患者の血漿との反応を調べています。

昆虫食に含まれる成分が患者のIgE抗体と結合し、実験系ではマスト細胞を活性化する可能性が示されました。

トロポミオシン以外にも、患者のIgE抗体と反応するタンパク質が含まれていました。

食品安全委員会のファクトシート(令和7年3月11日作成)にも、こう書かれています。

また、コオロギなどの昆虫食については、交差反応性によるアレルギー発症の可能性が示唆されています。

えびやかににアレルギーがある人は、昆虫食についても注意が必要です。

少なくとも今回の研究では、加熱加工によって甲殻類のトロポミオシンに反応するタンパク質がなくなったり、抗原性が低下したりすることは確認されませんでした。

ただし、甲殻類アレルギーの人が昆虫食で必ず症状を起こすという意味ではありません。

報告書も、臨床的な影響についてはさらに科学的根拠を積み上げる必要があるとしています。

分かったことと、分かっていないこと

この研究は、令和5年度から令和7年度までの3年間の計画でした。

令和7年度が最終年度で、2026年3月に終わっています。

最終年度の総括報告書と総合報告書も、厚生労働科学研究成果データベースに登録されています。

3年前に問われたのは「安全性は誰がどう確かめているのか」でした。

国はその後、国内に流通する昆虫食の安全性を調べました。

有害元素、農薬、微生物、マイコトキシン、アレルゲンなど、複数の観点からの調査です。

有害元素63検体、農薬50検体、細菌と真菌31製品、マイコトキシン35製品、アレルゲン47種類。

一部の検体からは、高濃度の有害元素が検出されました。

甲殻類アレルギーとの交差反応を示す結果も得られています。

一方で、まだ分かっていないこともあります。

ヒ素と水銀は化学形態によって毒性が異なるため、形態別の分析が必要です。

洗浄によって有害元素がどこまで減るのかも分かっていません。

実際に人にどの程度の健康影響をもたらすのかについても、さらに科学的根拠の蓄積が必要とされています。

答弁書は食品安全委員会による食品健康影響評価にも触れていました。

これについては、今回確認した公開資料では、実施されたことを確認できませんでした。

公開されている範囲での答えは、「安全性が確認された」でも「昆虫食は危険だと確認された」でもありません。

国の調査によって、具体的なリスクと、まだ分かっていないことの両方が見えてきました。

今のところ言えるのは、そこまでなのかもしれません。

昆虫食は危険!?昆虫食を食べるリスク、デメリットとは

昆虫は食べても大丈夫なの?安全性について考える。

FAOの昆虫食報告書は何を書いたのか。13年後に条件から読み直す

コガネムシを食べる。どんな味?

セミを食べる。実は結構奥が深かった